Crazy for you ~ぽむもち、ラッキーライラックとの思い出、オークス秋華賞編~
春先に美しく咲いていた桜は早々と散ってしまった。
だが、その桜が散った先にあるのは季節の移り変わりを示してくれる、鮮やかな緑。
クラシックロードはこれで終わりなんかじゃない。
なんとか気持ちも切り替えることができた。
ラックちゃんのオークスに向けて、私もしっかり気持ちを整えないと。
そう思うことが、ラックちゃんへの一番の応援になると思ったのだ。
しっかしあのアーモンドアイの末脚強烈やったなぁ~
お父さん誰やろ、ディープかな、いやディープやろな(実はちゃんと知らなかった)
【ロードカナロア】
…?
ラックちゃんはオルフェーヴル産駒。オルフェーヴルとは、泣く子も黙る三冠馬。つまり2400mなら余裕でこなす。
あの伝説となった阪神大賞典(3000m)では、途中逸走してあわや競走中止かレベルだったが最後に挽回して2着にまでくい込む。
一方アーモンドアイの父ロードカナロアは、主戦場は1200m。
めちゃくちゃ強いスプリンターというイメージだった。あのスプリンター大国香港で、世界を相手にスプリント戦を2連覇してしまう偉大な父。
スプリンターの子と、クラシックディスタンスの子。
あれ、これラックちゃんのほうがオークス距離適性(2400m)あるんじゃないか…?
桜は散れども、新緑の間から光が差してきた気持ちになった。
これは勝てる。
ルメール曰く「(アーモンドアイは)triple crown狙える」言うてたけども。
ラックちゃんにだってクラシックの座を1席頂く余裕だってあるはずだ。
泣いている場合ではない。
ラックちゃんを信じよう。
2018年5月20日。
良く晴れた日差しが新緑に降り注ぐ、絶好のオークス日和となった。
ラッキーライラックは1枠2番、また絶好の枠をもらった。
前回の勝利劇から、人々の気持ちはアーモンドアイに向いている。
アーモンドアイ単勝オッズ1.7倍、ラッキーライラック単勝オッズ4.1倍。
その数字を見れば一目瞭然だった。
しかし、競馬には絶対などない。
1.7倍を、4.1倍が覆したっていいんじゃない。それが競馬の面白さというものなんだと。
私はそう確信して、京都競馬場に向かった。
今回は一人で。
前回は20数人の前でガチ泣きするという醜態を晒したが、今回は一人だからそんな醜態を晒すことはない。
なお一人で行くという選択肢しかなかったことは気付いてても口には出さないでほしい。
京都競馬場のフードコートでケンタッキーのチキンを購入し、チキン片手にスタンドで応援することにした。
さすがにビジョン観戦となる京都競馬場でも、GⅠのファンファーレが響くと盛り上がる。
だんだん食べているチキンの味がしなくなるほど緊張してきた。
あぁゲートが開くと始まるんだ…
手に持っているチキンが濡れ煎餅ならぬ濡れチキンになるんじゃないかと思うほどの手汗が襲う。私が走るわけでもないのに。
ガタンとゲートが開き、各馬一斉にスタートしたことを京都競馬場の大きなビジョンが映し出してくれる。
府中も当然沸いているだろうが、淀も今めちゃくちゃに沸いている。
12番のサヤカチャンがターフを一人逃げ、レースを引っ張る。
逃げる馬がいると、見ているほうもよりレースが面白くなる。きわめて個人的な意見だが。
ラックちゃんは好位中団。桜花賞のような好位置につけている。
しかし、前回のレースと違うのが、そばにぴったりアーモンドアイ。
オレンジの帽子が輝く、7枠13番。
桜花賞と全く一緒のゼッケン番号。
何か不気味なものを感じる。
なんとか「アーモンドアイにマークされるなんて、やっぱりラックちゃんは凄い馬ね」とポジティブに捉えるようにした。
やはり1600mの桜花賞とは違い、2400mは長い。
緊張で心臓が持たない。
緊張もピークに達したその時、先頭を走っていたサヤカチャンが捉えられ、各馬が直線を向いた。
ラックちゃんも馬群から抜け出す。
いい手ごたえ!
アーモンドアイもまだこない、いいぞ!いける!
「ラックちゃん!!!頑張れ!!!!!」
手にもっていたチキンを放り投げそうになるほど興奮して、我を忘れて叫んだ。
前を走っていた同枠1番リリーノーブルを捉えるか。
その瞬間だった。
また、ゼッケン番号13番が飛び込んできた。
桜花賞と同じ光景。
アーモンドアイ。
それに呼応するかのようにリリーノーブルも伸びる。
追走するラックちゃんは伸びないか……。
アーモンドアイが完全に抜け出し、ゴール板を突き抜けた。
その1馬身後、リリーノーブル。
そして、そのリリーノーブルの影をようやく踏んだと思われたぐらいでラッキーライラックがゴールした。
3着。
ラックちゃんが負けた。
アーモンドアイにも。
ジュベナイルフィリーズ、チューリップ賞、桜花賞とで勝負付けは済んだと思ったリリーノーブルにも。
泣くまいと思っていたのに、また涙が溢れる。
どうしよう。今は全くの一人なのに。
でもこの感情を抑えることができない。
私は迷わず母に電話した。
母は、ラックちゃんをずっと応援しつづけていたことを知っている。
きっと包み込んでくれるはず。
電話口で、私が泣いていることに気付いた母は爆笑した。
「ちょっと~~!!www残念やったね!ほんま、アーモンドアイ強いな!混むから気ぃ付けて帰りや!www」
なんという見事な草の生やしっぷり。
何故包み込んでくれないんだ、母なのに。
母というものは優しく包み込むものではないのか。
失意のまま帰宅すると、見慣れない大きな靴があった。
その瞬間、血の気が引いた。
妹の婚約者が来ていたのだった。
だから笑ったのか。
義理の姉が競馬で泣いているところがバレて、それで爆笑したのか。
ちなみに言うと、妹の婚約者のことは前々から聞いていたのでどのような人というのは知っていた。
が、実はこの時初対面。
初対面で、義理の姉は推し馬が負けたことで泣きはらし、帰ってきた。
恥ずかしくて「さっきケンタッキー食べてきたから晩御飯いいわ~」と逃げるように家を出て、いきつけの居酒屋へ走った。
常連のおじさま(いつも東幹久の本命馬を教えてくれる。ちなみに私の競馬の師匠)に「秋華賞があるから」と慰められた。
そうなんだ。クラシックはまだ終わっていない。
だが妹の婚約者よ。秋華賞の日には我が家に来るのはなるべく御遠慮願いたい。
そう思ってレモンサワーを飲み干した。
いつもより、少ししょっぱく感じた。
季節が完全に移り変わり、うだるような夏の暑さの中。
私は衝撃のニュースを目にした。
「ラッキーライラック 右後脚に腫れ ローズS回避で秋華賞直行へ」
えっ。
脚が腫れ??ローズS回避??
大丈夫なのか、ラックちゃん。
心配で仕方なかった。
ここはもう秋華賞あきらめて、次のエリ女照準に合わせてもいいんじゃないか?
でも陣営は秋華賞は出ると決めた。
エリ女は4歳になっても出られる、でも秋華賞は3歳のこの時だけ。
この陣営と、ラックちゃんの挑戦を私も応援するしかない。
ちなみに私は馬券を考えるときは結構データを気にするタイプなので、オークスから叩きなしで秋華賞直行した馬の成績があまりよくないということは知っていた。
でも、ラックちゃんだから。
大好きなあなたの為に、私はあなたの馬券は絶対に買う。
それが、少しでも大好きなあなたへの声援になるのであれば。
私は心に誓った。
殺人的な夏の暑さも少しはやわらぎ、時に涼しい風が吹く季節となった。
秋華賞にぴったりの天候だ。
しかし、その日の秋華賞は暑かったことを覚えている。
両親と3人で京都競馬場へ行ったのだが、父が暑さに根負けしてソフトクリームを買いに走り、戻ってきた頃にはでろでろに溶けていたことが今も脳裏に焼き付いている。(お父さんごめんな一緒に行けばよかったね)
母は複勝転がしをすると息巻き、岩田(父)ジョッキーの複勝を転がしていた。
よくルメール・デムーロ両ジョッキーの複勝転がしは聞くが、そこを岩田(父)で転がす母のセンスに脱帽した。
ちなみにそこそこ転がせていた。
なお電車が混むし、家帰ってもメイン間に合う時間だからという理由で、両親はメインの出走を待たずに帰った。
確かに電車は混んで結構グロッキーになるし、賢いやり方かもしれない。
だが、私はラックちゃんの最後のクラシックをこの目で見届けたい。
やはりGI、パドックも恐ろしい程に混雑している。
人を掻き分け何とか馬が見える場所へと辿り着いた。
目の前にラックちゃんの姿が見える。
ラックちゃんからは、「あの子を止められるのは私しかいない」という気合いが私に伝わってきた。
そう。アーモンドアイを止められるのはあなただけ。
私の愛するラッキーライラック。
しかし競馬ファンからの評価というものは正直だ。
アーモンドアイの単勝オッズ1.3倍。
2番人気のラッキーライラックの単勝オッズは大きく離され7.3倍。
それは本馬場入場の時にも明らかだった。
枠順的にも先に紹介されたラッキーライラックの時、私は「ラックちゃぁぁん!!」と叫んだ。
……あれ?今日のお客さん大人しい?誰も叫んでないな??
しかしアーモンドアイが入ってきた時。
地割れのような歓声が京都競馬場に響いたのだった。
うおおお!!!
アーモンドアイ!!!
頑張れー!!
三冠応援してるぞー!!!
その時、私は「ここでラックちゃんを応援してるのは私だけかもしれない」という不安を感じたのだった。
もちろんラックちゃんファンはたくさんいるはずだ、そんなことはないと思う。
しかしそう思わずには居られないほどの歓声の差。
これが、アーモンドアイへの世間の評価。
ただただ感服し、同時に嫉妬した。
あぁ私がアーモンドアイを応援していたらこの声援も心地いいものだったはずなのに。
でも、私はラックちゃんが好きなんだ。
好きな事に理由はないし、優劣もない。
ラックちゃんのクラシック挑戦、私はそれを応援し続けるだけなんだ。
ゲートが開き、各馬出走する。
13番、ミッキーチャームが先頭に立つ。
ラックちゃんは中団の馬群の中に。アーモンドアイはまた馬群後ろを追走。
いい位置につけている。ドキドキしながらラックちゃんをスタンドから目で追う。
京都2000メートル、長いようで短い。
だが、やっぱり短いようで長い。
ドキドキと音を立てる心臓が、周りの歓声さえも掻き消していくような感覚に陥る。
各馬、4コーナーを回った。
ミッキーチャームは依然先頭。その差は思いの外縮まらない。
ラックちゃんは少し外につけ、追い出しを始める。
よし、ここだ!行け!!
叫んだ瞬間、ここから届くのかと思うほど後ろにいたアーモンドアイが抜け出た。
正直言うと、その瞬間にアーモンドアイの三冠を私は確信してしまった。
ラックちゃんは、追い出しても追い出しても先頭の馬との差は縮まらない。
伸びない。
手ごたえがないのが、私にも手に取るように分かった。
歓声がとても遠くに聞こえる。
私もその場にいるのに。
アーモンドアイが三冠を達成し、周りが歓喜に沸いたとき、ラックちゃんはほかの馬と横一線でゴールした。
恐らく、掲示板にも載らない順位。
だが涙は出なかった。
それよりも、ラックちゃんが無事に走り抜けてくれた。
長かったこのクラシックロード。
3歳の選ばれし馬だけが通ることのできる道。
その通るだけで栄光とも言える道を、ラックちゃんは無事に走りきってくれたんだ。
ただ、それが嬉しくて、そしてホッとした。
一つも王冠は手に入れられなかった。
でもラックちゃんの競走馬としてのキャリアはここで終わりじゃない。
きっと、これを糧にこれからもっと活躍してくれるんだ。
そう思ってやまない。
だから、無事に帰ってきてくれてありがとう。
無事にクラシックロードを走り抜けてくれてありがとう。
私に、競馬の感動を教えてくれてありがとう。
そんな気持ちでいっぱいになった。
すこし空が夕暮れに染まってきた。
私は少し寂しいながらも、それ以上に大きなものを心に得ることができたように思い、とてもすがすがしい気持ちで競馬場を後にした。
※最終レースで負けた件は省略しています